ストーリー




 それは、旅の終焉。
 双子とあなたの長い長い時空旅行のおわり。
 さぁ、時空列車最後の謎解きを始めよう――。

 元の時代へ戻るために時空列車へと乗り込んだあなた。
 しかしたどり着いたのは、1940年の敦賀港だった!
 多くの人が行き交う中、船から降りてくる外国人たちを目にしたケイとカレンは、ポツリとつぶやくのだった。
「やっと……たどりついた」

 時空列車シリーズ、最終章。

 氣比神宮の神々によって元の世界へ帰るためのエネルギーを得たあなたは、ケイとカレンとともに時空列車に揺られていた。
「まさか、こんなふうに一緒に時空列車に乗れる日が来るなんてなー」
「私もおどろきだよ」
 ケイの言葉にうなずきながら、到着を待っていると、ガクンと列車が大きく揺れた。
「な、なんだ!?」「脱線!?」
「時空列車をご利用のみなさま。原因不明の力に引っ張られ、列車が大きく揺れております。お近くのものにつかまり、安全を確保していただきますよう――」
 車掌のアナウンスを最後まで聞くことなく、ひときわ大きく揺れたかと思うと、乗客ごと時空列車は突然現れた時空の穴に吸い込まれた。

 あなたは座席につかまりながら、揺れが収まるのを待っていた。正面には、お互いの身を守るように重なった双子の姿がある。
「大丈夫?」
「なんとか~」「何が起きたのかしら」
 二人の無事な姿にほっとしながら、窓から様子をうかがう。
「ここは、敦賀港?」
 おそらく、自分が生きる時代より少し前。歩く人たちは洋服を着ていて、忙しそうに土を踏み固めた地面を行きかっている。
 何より、
「線路がいっぱい」
「だよな。最初に敦賀に来たとき、港に駅なんてなかったよな」
 私のつぶやきに、ケイがうなずく。その間にも、黒い煙を吐きながら、列車は荷物を運んでいく。
「なぁなぁ! あれって、蒸気機関車だろ。謎解きで見たやつ!」
 ケイの興奮する様子を見ながら、今とはまったく様子が違う敦賀港を眺めていると、
「ふむ、ひどい目にあいましたね」
 突然降ってきた声に、私たち3人は驚いて振り返った。そこにはいつもどおり真っ黒な車掌が、やれやれと首を振りながら肩をすくめていた。
 その姿に、二人がかみつく。
「お前、なんで他人事なんだよ!」
「そうよ。この人を元の時代に帰してあげるはずじゃなかったの!」
「いいえ、これは私のせいではありません」
 車掌は大きく首を横に振ると、なぜだか楽しそうに口を三日月のようにゆがめ、目をらんらんと光らせた。
「あなたがたは導かれたのです。いやはや、さすがは神から得たパワーと言ったところでしょうか」
 車掌は胸ポケットから一通の紙を取り出す。
 それは、あなたやケイ、カレンが何度も見たものだった。
「謎解きの招待状?」
「ええ、そしておそらく、これが最後の――終点への招待状となるでしょう」
 真っ黒な影はふわりと跳ぶと、空中できれいに礼をした。

「時空列車最後の謎解き……存分に楽しみ、そしてそれぞれが望みを叶えることを願っていますよ」

 いくつかの謎を解いた後、
「今回は、港と鉄道に関する問題が多いわね」
 カレンは倉庫の壁に映し出された問題を見ながら、そうつぶやいた。
「やっぱり港が近いからじゃないか。謎のある場所も、港の倉庫だったし」
「レンガ造りは他には見ないわね。丈夫そうなのに」
「私の時代にも残っているぐらいだからね」
「へぇ、働きものだな」
 ペチペチとレンガ造りの壁を叩いていた。私は、課外授業で使っていた教材を思い出して、調べてみる。
「へぇ、できたのは明治38年、1905年ごろだって」
「……そういえば、今は何年ぐらいなのかしら。機関車がたくさん通っているから、明治ってわけではないと思うけど」
 カレンの疑問に、ケイは首をかしげた。
「そんなの、周りに聞いてみればいいじゃん。こんなに人がいるんだし」
 そう言うやいなや、ケイは近くにいた同じ年ごろの少年のところへ止める間もなく駆け出していく。
 カレンは止めようとした手をため息とともに下ろした。
「ごめんなさい、さわがしくて」
「ああやってすぐ行動に移せるところ、ケイのいいとこだと思う」
 私の言葉に、カレンは笑う。そして、視線は問題を起こさないよう、ケイの背中へ。
「それにしても、今回は人が多いわ」
「うん、それになんだか、みんな落ち着きがない」
 働いている人がたくさんいるのはわかる。しかし、それとは別に何かを見物に来ているような人が多くいた。そして、その目はすべて港のほうへ向けられている。
「何かイベントでもあるのかな」
「みんな港を向いているから、珍しい船でも来るのかも」
 カレンはそう答えながら、自分も港の方を眺める。しかし、特に珍しいものは見つからない。すると、会話を聞いていたのか近くにいた男がこちらを向いた。
「なんだ、嬢ちゃんは知らないのかい」
「あ、はい。たくさん人がいるなーとは思ってたんですけど」
「そうかいそうかい。じゃあ、俺が教えてやるよ」
 男は楽しそうに、こう言った。
 それと同時、振り向いたケイが声をあげる。

「今日は、外国からがんばって日本にたどり着いた外国人が来るのさ」
「カレン、今は1940年だってさ――!」

 二人の様子がおかしい。
 あなたは、謎解きをしていくなかでそれに気づいた。
「二人とも、どうしたの? 何か、気になることがある?」
 おそるおそるたずねた私に、ケイとカレンは一瞬だけ迷ったような表情を見せた。しかし、お互いうなずきあうと、こちらを見上げる。
「オレたちには、旅の目的があるって、前に話したよな」
「うん。でも、それって話しちゃいけないはずじゃ」
 最初に出会ったとき、ケイとカレンから聞いた話だ。
「ええ、車掌に言われたの。旅の目的は人それぞれ。時空を旅するわたしたちは、場合によってはそれによって歴史をゆがめてしまうからって」
 自分のせいで本来ある未来が変わってしまうのは、確かにお話でもよくあることだ。
「わたしたちは、ある人たちに会いに来たの」
 カレンは、まっすぐな言葉でそう伝えた。そして、ケイは真剣なひとみでひきつぐ。
「そしてきっと、この謎を解ききれば。今日この場所で……その願いはかなう」
 だから、と二人は頭を下げた。
「オレ(わたし)に、協力してください!」

「いいよ」

 私は即答した。
 二人は、驚いて顔をあげる。
「えぇ!?」
「その、何でとか。誰に、とか聞かなくていいの?」
 気にならないかと言えばウソになる。それでも、あなたは首を横に振り、笑顔を浮かべた。
「『この前、二人は私を助けてくれたじゃん』。それに、『友達を助けるのは当然でしょう』」

 そして、いつかケイとカレンが伝えてくれたあたたかい言葉を、くりかえしたのだ。

 手元に現れた新しい謎を見ながら話しあっていると、急に港の方から大きな声があがった。
「来たぞー!」「あの船だ!」
 その声に、二人が振り向く。すると、木々の間から大きな船から降りてくる人たちが見えた。それは、全員外国人で大きな荷物を持っている。
 それを見て、私は一つの言葉が思い浮かんだ。
「命のビザ――?」
 ナチス・ドイツの迫害から逃れるため、杉原千畝が発行したビザを携えて日本にやってきたユダヤ人たち。
 学校で習った歴史が、今目の前で広がっている。
その光景を目にしたケイとカレンは、ポツリとつぶやいた。
「やっと……たどりついた」
 謎解きが行く先は、確実に彼らの方向へと向かっている。ケイとカレンはお互いの顔を見合わせた。
「謎を解いていけば、きっとあの人たちのところへ連れて行ってくれる!」
「よし――いくぞー!」
 ケイが振り上げたこぶしに、私たちは「おー!」と声を合わせてこぶしを振り上げた。

 謎が導く先、走ってたどり着いたそこには、一組の夫婦がいた。その顔や荷物から、先ほどたどり着いたユダヤの人たちだとわかる。
 そしてその風貌に、どこかケイとカレンに面影がある気がした。
 ケイとカレンは足を止めると、一度深く深呼吸する。しかし、なかなか一歩が出ない。
 だから、私はゆっくりと二人の背中を押した。
 夫婦が二人に気が付くと、ゆっくりとお辞儀をする。ケイとカレンは、そろってもう一度だけ深呼吸すると、一歩前へ踏み出した。
「『ברוך הבא』」
「『תודה שבאת』」
 私には、二人がなんと言ったかわからない。
 ただ、その言葉に夫婦はとても喜んで、二人の手をとりブンブンと振っていた。
 この出会いに、どういう意味があるのかはわからない。けれど、双子の晴れやかで誇らしそうな顔を見ればわかる。
きっと、ケイとカレンの時空列車の旅は、今このときに終わりをむかえたのだ。

 私たちが時空列車の元に戻ると、すっかり修理を終えた車掌が待っていた。まもなく発車すると言われてどたばたと慌ただしく準備をして席に座ると、ケイとカレンは疲れもあってかすぐに寝てしまった。
 二人を見ながら、私はぼうっと二人を眺めながら考えていた。
(はたして、二人が時空列車に乗った――)
「目的はなんだったのだろうか、でしょうか」
 心臓が飛び出るかと思った。座席の隣には、いつのまにか真っ黒な車掌が座っていた。
 その様子は、どこ楽しそうで、少し寂しそうでもあった。
「あのご夫婦が、二人のご先祖様であることは気が付いているでしょう?」
 私は頷いた。
「そうですね。理由は色々考えられます。
例えば、自分たちのご先祖が歴史上の出来事に関わっているため、会いたかった。
例えば、実は未来にはとある病気が流行っていて、その治療のために彼らの情報が必要だった。握手をしていましたからね、それで情報を得られたかもしれません。
単純に、自分たちのルーツとなる人物に会いたかったのか……。
残念ながら、それを教えることはできません。時空列車のルール、ご存じでしょう」
「時空を旅する私たちは、場合によってはそれによって歴史をゆがめてしまうから」
「はい、そのとおりです」
 車掌は、うれしそうに眼を細めた。
「ただし、覚えておいてください。あなたが二人に出会い、神と出会い、そして何よりともに謎を解いたからこそ――二人は、長かった時空列車の旅を終えることができました」
 車掌の声を聴きながら、急激に意識が遠くなる。目の前が暗くなっていく中で、
「あなたは、偶然の乗車ではありますが、この謎解き列車にふさわしい素晴らしいお客様でした――」
 いままで聞いたことがない柔らかな車掌の声と、肩を預けながら幸せそうに眠るケイとカレンの姿だけが印象的だった。

「――さま。お客様!」
 肩を揺らされている。慌てて飛び起きると、木目調の室内に、カウンターがある部屋が目に入る。目の前には、私を心配そうにのぞき込む人がいた。
「ここは?」
「人道の港 敦賀ムゼウムの入り口です。いつの間にかベンチに座って休まれていたので、声をかけさせてもらったのですが……」
 私はお礼を言って、外に出る。
 そこは、私が慣れ親しんだ現代の敦賀市だ。
 時空を超えてきたケイとカレン、神様との出会い、そして時空列車の謎解き――すべてが、夢を見ていたのだろうか。
  そのとき、かすかに聞き覚えのある音が聞こえた気がして、空を見上げた。
 もう一度、空に吸い込まれるように、今度ははっきりと聞こえた。

 汽笛の音だ――。

 時空列車の姿は見えない。でも、見上げた空のどこかにきっとそれはあるのだと、今はもう信じることができた。
 別れを告げるようなその音色に向かって、私は惜しむように大きく大きく手を振った。