導入ストーリーを見る
敦賀駅へと向かう私の前に、ヒラリと何かが落ちてくる。
「時空列車 車掌……」最後まで読み終えた瞬間。
手に取ったそれは、一枚の招待状だった。
突如、目の前の景色が一変した。
そこは、見慣れない駅のホーム。
どこかで汽笛が鳴っている。
「なに……これ……」
疑うように目をこすりゆっくり開くと、
巨大な蒸気機関車がけたたましいブレーキ音をたてて、突然目の前に現れた。
ストーリー その1
事態がのみ込めずに立ちつくしていると、バン! と大きな音とともに勢いよく機関車の扉が開く。
「うわー、もう止まったのかよ!!」
「思ったより進まなかったわ」
そう話しながら、機関車から少年と少女が降りてきた。
突如あらわれた二人をぽかんと眺めていると、不意に後ろから声をかけられた。
「はて、あなたは? 招待状がなければ、このホームには来られないはずですが」
振り向くと、背の高い男が立っている。頭の先から足の先まで全身真っ黒な恰好で、目深にかぶった帽子のせいで表情はよく見えない。
突然、少年は私の手元に目を向けると大声をあげた。
「あっ!! あんたが手に持ってる招待状、オレが窓から落としたやつだ!」
真っ黒な男は、ものすごい速さで少年にグッと詰め寄った。
「窓を開けないように伝えたはず。二度と開けないでください」
「……わ、わかったって」
「くれぐれもお願いします」
そう言い放つと、男は私の方に向き直り姿勢を正した。
「はじめまして。わたくしは、この「時空列車」の車掌をしております。偶然とはいえ、招待状を手にしたあなたも当列車のお客様です。お望みの時間と場所へ、最高の旅をお約束します」
「お、いいじゃん♪ 一緒にいこうぜ!」
「でもこの列車、今はエネルギー切れで止まってるの。出発するには、まちにある謎を解いてエネルギーをためる必要があるの。行きましょ!」
状況もわからないまま二人の勢いにのまれて、思わず私はうなずいていた。こうして私は、二人と謎解きをすることになった。
2人がはねて喜ぶ中、車掌はピクリとも動かず、怪しく光る眼でこちらを見ながら、
「それでは謎解きへ、いってらっしゃいませ」
ストーリー その2
車掌の低い声が消えかけた瞬間、私はいつもの駅前に立っていた。
ただ一つ違うのは、目の前には不思議な二人がいること。
「オレはケイ。で、こっちはカレン。顔は似てないけど、オレたち双子なんだ。よろしくな」
互いに簡単な自己紹介をしつつ商店街を歩いていると、みやげ物屋の店主がこちらを見る視線に気づいた。
二人の姿が目を引くのだ。
私も気になっていたので、二人の服について尋ねてみた。
「この服? 普通に売ってるやつだけど」
普通ではない。二人が着ているシャツの胸元のキャラクターが生きているのだ。話しこそしないが、まるで意思があるように表情を変え、今にも飛び出してきそうに見える。それに、二人の髪も光によって金や銀やオレンジ、緑と色が変わる。
「そんなに変わってるかな?」
首をかしげるカレンに、気を悪くしないようにひかえめに「少し変わっているかも……」と答えた。
「君たちが乗っていたのは、場所と時間を旅する時空列車だっけ? じゃあ、いったいどこから来たの?」
すると、二人は困ったように顔を見合わせ、カレンがゆっくりと話し始めた。
「実は、時空列車にはきまりがあるの。旅の“出発地”つまり自分が住んでいる時代と場所、それと“目的地”行きたい時代と場所については、誰にも話しちゃいけないの。ごめんなさい」
「なーんだ。残念」
軽い返答に、きまりが悪そうだった二人も表情が和らいだ。
「ねぇ、ところでここは何てまちなの?」
ストーリー その3
「敦賀ってまちだよ」
商店街に掲示されたポスターを見つけて、興味深そうにケイがつぶやく。
「お月さまがきれいで、かっこいいな」
ポスターに描かれた国旗を見ながら、カレンが何かに気づいたのだろうか、少し慌てた様子で聞いてきた。
「ここは、日本に関係があるまちなの?」
「関係っていうか…ここが日本だけど?」
一瞬二人は顔を見合わせると、急にだまってしまった。おそらく時空列車のルールにふれたのだろう。
静かになったその場を取りつくろうように、ケイが話し始めた。
「ねぇ、敦賀には何があるの?」
「何があるか……うーん。とくに……なぃかなぁ……」
モゴモゴと答える。
「何もないんだ。それはそれですごいけどな」
ケイの返しに、カレンが笑う。
「確かに(笑)。まあ、海があるかな。あと、魚がおいしいよ」
「なんだ、ちゃんとあるじゃん!」
「それに、美味しそうな匂いがしてくるんだけど♪」
カレンが見つめる先には、おなじみの店があった。
「あれは、敦賀の名物が食べられるお店。“カツ”とか、“パリ”とかあって、敦賀の人にとってはお袋の味みたいなもの」
「パリ? おもしろい名前ね。どんな食べ物なの?」
カレンが前のめりに聞いてくる。
「特別なソースがかかったミンチカツが、ミチミチに盛られたご飯のうえにのっかてるの。ごはんの下までソースがしみてて、ご飯でご飯が食べられる感じ。おいしいんだよねー」
「聞いてたらお腹がへってきた! 食べに行こうぜ!」
店へ入ろうとするケイの服をカレンが引っ張った。
「待ってケイ! 順調に謎が解けているんだから、今回はエネルギーをしっかりためるためにもガマンして先へ進みましょうよ」
「はいはい。わかったよ」
ストーリー その4
“パリ”の強力な誘惑に負けずに先へと進んだおかげで、謎解きはとても順調だった。
私自身、謎解きは初めてだ。
謎が解けるたびに大声ではしゃぐ二人の姿を見ると、だんだんと楽しくなってくる。
「ケイ、ほんと調子いいよね」
「だな! こんな順調に進むことなんてないよな!」
「この感じだと、ちゃんとエネルギーが溜まって次こそ目的地に行けるかも」
二人の様子から、私も人の役に立っている感じがしてうれしくなる。
「ほんとあんたのおかげだよ。わざと招待状を落としたオレに感謝しなきゃ!」
「わざと!? 落とした時に真っ青な顔して焦っていたのは誰なんだか」
他愛もない二人の会話を聞いていると、これまで体験してきた旅の中身に興味が湧いてくる。
時空列車でどんなところを旅してきたのだろう?
私が考えていたことが分かったのだろうか、ケイは楽しそう語りだした。
「だいたいは人が住んでいるまちに着くんだけど、謎解きが苦手なせいでエネルギーの補充がうまくいかないことが多くて。たまに精霊が住む島だったり、見たこともない動物がいる山奥で降ろされたりするんだ。恐竜がいる時代にも行ったんだぜ!」
「そう、恐竜はすごかった!! その中じゃ私は山奥が好きだったなぁ。果物や木の実それにキノコとか食べ物がたくさんあったから、謎解きのこと忘れて美味しいもの探しに夢中だったわ♪」
「恐竜って聞くとびっくりすると思うけど、かえって人がいるまちのほうが、争いがあったり、とっつきにくい雰囲気があったりしてややこしかったりするんだよね。そういう意味じゃ、あんたも、このまちも最高だよ!」
ケイが笑顔でこちらを見る。
「時空列車の旅も最高にスリリングだね!! ところで、二人はどこを目指しているの?」
ルールのことは覚えていたが、少し悪のりして尋ねてみた。
「実は、昔話で聞いたオレたちのご先祖さんのところに行ってみたいんだ! かなり古くて……」
「ケイ! ダメだよ!!」マジメなカレンは、べらべらと話しだすケイの口をあわててふさいだ。
「もう少しで聞けたのに、惜しかったなぁ(笑)」
奇想天外な二人の話を当たり前に信じ始めている自分に驚きながらも、これまで気になっていたことを尋ねた。
「じゃあさ、なんで二人は時空列車に乗ることになったの?」
ストーリー その5
カレンは、少し考えてから慎重に答える。
「ある日、招待状が届いたの。時間を旅する夢の列車があるって噂は聞いていたんだけど、実際に招待状が届いた時は、本当にビックリしたわ。でも、行きたいところがあった私たちは、親に内緒で旅に出ることに決めたの」
「へぇ~、すごい。ケイの住んでいる時代には、時空列車が普通にあるんだね。でも、どうして二人に招待状が届いたの?」
「それなー、全く心当たりがなくってさ。車掌に聞いてみたんだけど、ただ“あなたたちにはその資格があるからです”としか答えてくれないんだよ」
「資格かぁ、どういうことなんだろうね」
三人で首をかしげるが答えは出ない。
「ところで、時空列車には、二人のほかには誰か乗ってるの?」
「オレたちだけだよ」
「ってことは、あの怪しい車掌と三人だけなんだ。怖くないの?」
「怖くはないんだけどさ。ただ、何考えているのか分からないんだよね。基本的には黙々と仕事をしているんだけど、ふと気づいたらいきなり近くに立ってるし、しゃべり方も淡々としていて、表情もよくわからないんだ。車掌には、列車を安全に運行する役割があるってことは分かるんだけど」
「でもね、最近は悪い人じゃないって思うようになってきたの。謎解きでエネルギーをためるのを応援してくれてるっていうか、楽しそうに見守ってくれてるような気がするの」
「カレンはおひとよしだな。早く謎をといてエネルギーをためて、目的地に行ってくれーって願ってるだけかもよ」
二人の話から何となく車掌が悪い人物でないことは分かったけれども、あの怪しい目つきはどうも引っかかる。
ストーリー その6
最後の問題はこれまでの答えを繋ぎ合わせることで、私たちの前に姿をあらわした。
「これって誰なの? 有名な人?」
ケイの言葉に私は記憶を探った。
「ツヌガアラシトって人。遠い昔に、どこかよその国から敦賀にやってきた王子で、このまちの名前の由来になっているらしいよ」
「あんたが行きたいなら、時空列車にのって、このツヌガ王子がいた時代にだっていけるんだぜ。最高だろ!」
ケイが本当に楽しそうにこちらを見る。
今までツヌガアラシトがいた時代に行くなんて考えたことすらなかったが、二人の話を聞いているとそれも楽しそうに思えてくる。
「さあ、この勢いで最後の謎も解いちゃおう!」
威勢のいいカレンの声が、時空列車の旅を妄想していた私を最後の謎へと引き戻す。
「オレは、もっと敦賀を楽しみたかったな……」
ケイが寂しそうにつぶやく。
そんなケイを見て「じゃあ、全部の謎を解き終えたらみんなでパ軒行こうよ」と、二人を誘ってみた。
「さっきのお店“パ軒”って言うのね。ありがとう、誘ってくれてうれしいわ。残念だけれど、謎を解き終えたら時空列車はすぐに出発しちゃうの」
カレンが申し訳なさそうに答えた。
しんみりとした空気を変えるように、ケイが話し出した。
「いやね、でもさ、オレたちって最高のチームだと思うんだ! 謎解きだってすごいし、何よりあんたと一緒だと楽しいんだよ」
「それ、すごくうれしいよ」
私は、はにかみながら答えた。
ストーリー その7
最後の問題を解いた瞬間、突如、目の前の景色が一変した。
そこは、二人と出会ったあの駅のホームだった。
そして、ケイとカレンが乗ってきた蒸気機関車は、既にホームに入っていた。
あたりには私たち3人だけだ。
―時空列車。間もなく発車いたします―
出発を告げるアナウンスがどこからともなく流れ、ふと気づくと目の前には、あの怪しい車掌が立っていた。
「お早いですね」と低い声でつぶやくと、車掌は胸の内ポケットから見覚えのある招待状を取り出し私に差し出した。
「あなた様のために正式な招待状をご用意いたしました。さあ、お受け取りください」
「なあ、オレたちと一緒に行くだろ?」
ケイが私の顔を覗き込む。
二人と過ごした時間は楽しいものだったし、時空列車の旅も最高にワクワクするだろう。一緒に旅に出ない理由は見当たらないが、しいてあげるなら、私には“目的地”がない。
そんな私が、彼らといっしょに行っていいのだろうか。
頭の中で考えを巡らせていると、車掌は招待状をポケットにしまっていた。
「どうやら、あなたはまだ招待状を受け取るには早いようだ」
呆気にとられていると「出発です。ケイ様、カレン様は、列車にお乗りください」
車掌はそう告げ、さっさと列車に乗り込んでいった。
「あんた、何でぼやっとしてたんだよ! 出された招待状をパパッともらっちまえばよかったのに。オレ、あんたと一緒に旅したかったよ」
ケイは悔しさをにじませている。対照的にカレンは明るく話し始めた。
「短い間でしたが、本当にありがとうございました。ケイも私もほんとに楽しかった。あなたがいてくれたから、謎も早く解けてエネルギーもたくさん溜まったはず。次こそは、目的地に行けるかもしれません」
お早く、と列車の中から車掌の声が響く。
「じゃあ、ここでお別れね!」
「ありがとな!」
「元気でいい旅を!!」
そう話すと、二人は列車へと乗り込んでいった。時空列車はゆっくりと動き出し、見る間にスピードを上げ、ひときわ大きな汽笛を鳴らす。その音が鳴り終わるころには、列車は跡形もなく消え去っていた。
耳に残る汽笛の音がなくなると、入れかわるようにまちの音が聞こえ始める。
気が付くと、そこはいつもの駅前だった。
狐につままれたような気分でしばらく立っていると、お店から漂ってくる食べ物の匂いにつられて、グゥゥ~~とお腹が鳴った。
二人と過ごしたヘンテコな時間を思い出すと、急に笑いがこみ上げ、空を仰いだ。
こたえるように、遠くで汽笛の音が聞こえた気がした。